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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8249号 判決 1973年1月25日

原告

吉田修司

被告

有限会社角半運送店

ほか一名

主文

被告らは各自、原告に対し二九万七〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年四月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、その二分の一を原告の、その余を被告らの負担とする。

この判決第一、第三項は、仮執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告「被告らは各自、原告に対し七二万九〇二三円及びこれに対する昭和四六年四月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行宣言

被告ら「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二原告の主張

(請求原因)

一  原告は次の交通事故(以下事故という)によつて傷害を受けた。

(1) 発生時 昭和四四年二月一〇日午前九時四〇分頃

(2) 発生地 東京都目黒区原町一丁目九番九号先交差点(以下本件交差点という)

(3) 加害車 普通貨物自動車(品川四め四七八〇号)被告小高運転―以下被告車という。

(4) 被害者 原告(昭和二四年生)

(5) 態様 被告小高が被告車を運転し見通しが悪く、交通整理の行われていない本件交差点を直進通過するに際し、時速約四〇キロメートルで進行し、折から右方より左方に向つて本件交差点を進行中の原告の運転する自転車に自車を衝突させ、原告を自転車もろとも転倒させた。

(6) 傷害 その結果、原告は左脛骨顆部骨折の傷害を受け、昭和四四年二月一〇日から同年五月一五日までの間昭和大学病院に通院して治療を受け、その後同月二一日から同年七月末日頃までマツサージ治療を受けるに至つた。

二  (1) 被告有限会社角半運送店(以下被告会社という)は、運送等を業とし、被告車を自己のため運行の用に供しているものであるから、自賠法三条により、(2)被告小高は、本件交差点を直進するに際し、徐行し、前方を注視して運転する義務があるのにこれを怠り漫然前記速度で運転進行した過失により事故を発生させたのであるから、民法七〇九条により、事故により原告が受けた傷害に基づく損害を各自賠償すべき責任がある。

三  原告は事故により左記のとおりの損害を受けた。

(1) 治療費等 一万二六五〇円

原告は前記のように昭和大学病院に通院加療し、且つ同病院より診断書の交付を受けたことにより頭書の金額を同病院に支払つた。

(2) 治療用器具(松葉杖)購入費 一七〇〇円

(3) 逸失利益(昭和四四年六月まで) 三四万八六七三円

原告は酵素飲料販売店「パルン」品川営業所に勤務し、営業責任者として昭和四三年一一月には六万六四〇〇円同年一二月には七万九四〇〇円、昭和四四年一月には七万七四五〇円の給与の支給を受けており、その月平均給与額は七万四四一七円になるところ、事故により昭和四四年二月には二万三四〇二円の給与の支給を受けたに止まり、三月ないし六月の給与は支給されず、総額三四万八六七三円の給与相当額の得べかりし利益を喪失した。

(4) 慰藉料 三〇万円

原告は前記傷害により一か月間受傷部分をギブス固定し、事故後三か月余り毎日通院し、かつ松葉杖をついて歩行せざるを得なかつた等により多大の精神的苦痛を受けたので、これに対する慰藉料として頭書の金額が相当である。

(5) 弁護士費用 六万六〇〇〇円(請求金額の一割)

四  よつて、原告は、被告らに対し各自原告の受けた損害七二万九二〇〇円およびこれに対する事故発生の日の後である昭和四六年四月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(抗弁に対して)

五 抗弁四(一)の事実は否認し、同(二)の事実は認める。

原告と被告らとの間に成立した合意の内容は、自賠責保険から五〇万円の支払が受けられることを前提として、被告会社において原告に代り被害者請求手続をし、この支払がなされれば、原告は被告らに対しその余の請求をしないということである。

被告会社が右自賠責請求事務を誠実に履行せず、必要書類を十分添付せず請求したため、前記額の査定しか得られなかつた。

六 抗弁五の事実は争う。

(再抗弁)

七 仮に被告ら主張の内容の示談が成立したとしても、右示談契約を締結するに際し、原告の意思は五記載のとおり自賠責保険から五〇万円を取得するものであつたから、右示談契約締結につき、原告に要素の錯誤があり、従つて右示談契約は無効である。

(再再抗弁に対して)

八 被告ら主張七の事実は争う。

第三被告らの主張

(答弁)

一  請求原因一の事実のうち、(1)ないし(4)、(5)(被告車の速度の点を除く)の各事実、(6)のうち原告がその主張の期間昭和大学病院に通院加療したことは認め、その余は争う。

右通院実日数は六日である。

二  同二の事実は認める。

三  同三(1)(2)の事実は認める。同(3)の事実は不知。同(4)(5)の事実は争う。

(抗弁)

四 示談

(一)  原告と被告らとの間で、昭和四五年四月六日、左記の内容の示談が成立した。

即ち、被告らは、原告に対する事故による原告の一切の損害につき、賠償限度額を自賠責保険金額と定め、原告は自賠法に基く被害者請求により取得した金員をこれにあて、被告らに対しその余の請求はしない。

(二)  被告会社は、原告に代り自賠責保険の被害者請求手続をし、その査定を受け、その査定額は三万〇〇五〇円と確定した。

五 過失相殺

被告車は本件交差点に時速約三〇キロメートルで進入しようとしていたものであるから、原告としても、一旦停止した上、同交差点内に進入すべきであつたのに、漫然と進入した過失があり、しかも被告車の進行していた道路は幅員約七メートルの主要道路で、かつ被告車は左方車両であり、原告の進行していた道路は幅員約四メートルの狭い道路で、かつ原告の運転していた自転車は右方車両であつたので、被告車が優先車両であり、従つて被告車が既に交差点内に入ろうとしていたのであるから、原告は被告車を通過させた後に同交差点を通過すべき義務があるのに被告車と同時に同交差点に進入した過失があり、以上の点で原告にも事故発生につき過失があるから、賠償額算定につき十分斟酌されるべきである。

(再抗弁に対して)

六 原告主張七(再抗弁)の事実は争う。

(再再抗弁)

七 原告にその主張のような錯誤があつたとしても、右錯誤につき原告に重大な過失があるので、原告は無効を主張することができない。

第四証拠〔略〕

理由

一  事故発生と責任

請求原因一(1)ないし(4)、(5)(但し、被告車の速度の点を除く)、同二の事実はいずれも当事者間に争がない。そこで、被告らは各自、事故により原告の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

二  示談について

〔証拠略〕によれば、次の各事実を認めることができる。

被告会社監査役前田慶二と原告の父吉田栄が事故による損害賠償につき交渉した結果合意に達し、昭和四五年四月六日前田において被告小高が原告に対し病院の治療費一切、休業補償、慰藉料を保険請求内で支払う等を示談条件とする等記載された示談書を作成し、これに原告、被告小高及び前田が各署名捺印した。

右合意に達するまでの間、原告側では、被告らに対し七〇万円程度の賠償を求め、被告側の前田においても自賠責保険から四〇万円程度、すくなくとも二〇万円を下らない金員の給付がなされることを期待しており、右前田はその見通しのもとに、運送業者である被告会社の事故処理の要領にしたがい右示談書を作成したものである。

右示談書作成時においては、被告は原告の治療費の一部(一万二六五〇円)の支払をしただけで、その他事故に関しなんら出捐をしていない。

右示談書作成後、被告会社において原告に代つて自賠責保険の被害者請求をしたが、その請求額は四〇万円位であつた。

以上の事実によれば、原告と被告らとの間に被告ら主張のような示談が成立したものというべきである。

ところで、右示談成立の経緯及びその内容からすれば、当事者双方とも自賠責保険から四〇万円程度の給付がされるとの見通しを有し、これが右示談成立の決定的な契機となつたもの、ことに、原告にとつては、示談内容は、原告の損害賠償請求権を被告らのため一方的に放棄制限したものといつても過言ではなく、自賠責保険から四〇万円に遠くない相当額の支払が確実に受けられるとの期待なしにはこの示談に合意しなかつたものとみることができる。しかるに、自賠責保険の査定額が三万〇〇五〇円であつたことは当事者間に争がない。してみると、右示談契約につき原告には要素の錯誤(表示された動機の錯誤)があつたので、無効であるということができる。

被告らは、右錯誤が原告の重大な過失に基くものであつて無効の主張が許されないと主張するが、原告に過失があつたと窺わせる証拠がないばかりでなく、むしろ、原告の右のような意思(動機)は、右経緯からすれば、被告らに認識されていたか、あるいは容易に認識できたものというべきであつて、原告が右示談契約の錯誤による無効を主張することを妨げる事情はないといわなければならない。

よつて、被告の示談の抗弁は、結局理由がない。

三  過失相殺

本件交差点は交通整理が行われず、交差する道路相互の見通しの悪いこと、被告小高が被告車を運転し、本件交差点を直進通過するに際し、折から右方から左方に向つて進行する原告運転の自転車に被告車が衝突し、原告が自転車もろとも転倒して受傷したことは当事者間に争がない。

〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができ、被告小高本人尋問の結果のうち甲第五、第七号証の記載に反する分は措信しない。

被告車の進行する道路は幅員納六・一メートル(但し、事故当時、被告車進路右側交差点直近に、停止して作業中のごみ収集車があつて、幅約二・三メートルを塞ぎ、かつ、見通しを妨げていた)、原告車進行道路は幅員約四・三メートルである。

被告小高は、被告車を運転し、三五ないし四〇キロメートル毎時位で本件交差点にさしかかり、交差点における左右の交通の安全に注意を払わないで漫然右速度のまま進行したところ、右交差点手前二ないし三メートルの地点で、既に右交差点内にかなり進入している原告の自転車を約七メートル前方に初めて発見し、急制動をかけたが及ばず、本件事故に至つた。

原告の自転車は、一〇キロメートル毎時位で、左方道路の交通の安全を確認しないまま、本件交差点に進入しごみ収集車右側を通過してそのまま進行中事故に至つた。

以上に述べた争のない事実及び認定した事実に基いて考えると、原告、被告両車ともに交差点進入に際し、左右道路の交通の安全を確認しなかつた過失があり、これが事故の原因をなしているものということができる。

さらに、被告車については、その進路が原告進路に比し幅員が明らかに広いとまではいえないし、本件交差点において、原告の自転車が先入車で、被告車が法規どおり交差点に徐行して進入していれば同車が衝突地点に至るまでに右自転車は交差点から出ていると思われることなど考慮すれば、その過失は重大である。

一方、原告の自転車も、本件交差点の形状やことに当時ごみ収集車が見通しを著しく妨げていたことなどを考えると、その過失は軽視できない。(とはいえ、同車は、左方進入車である被告車の進行を妨げたとはいえないことは叙上のとおりである。)

以上に述べたほか、両車の速度等をも考慮し、原告の蒙つた損害のうち、過失相殺により、被告らにおいて負担すべきものはその七割強と解するのが相当である。

四  原告の受傷

〔証拠略〕によれば、原告は、事故により、左頸骨顆部骨折の傷害を受けたこと、昭和大学病院にその主張の期間通院し(争のない事実)その実日数は六日であること、その間の経過は良好で、事故当日から三月一〇日まで受傷部位を含めて左膝上から足端までギブス固定し、同年五月一五日頃は階段昇降時に疼痛があるが、起立や歩行が概ね正常といえる状態となつたことが認められる。

五  損害額

原告が事故により蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  治療費 一万二六五〇円 争のない事実

(二)  治療用器具(松葉杖)購入費 一七〇〇円 争のない事実

(三)  逸失利益 二四万五〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は事故当時一九才で、工業高校卒業後建設会社に勤務していたが、父吉田栄が昭和四三年一一月酵素飲料販売業「パルン品川北営業所」の経営を始めるに際し、建設会社を辞し、父栄に雇われ、父をたすけて同営業所の営業主任として種々の業務を行うほか、傘下の一専売店を管理運営し、当初月額六万円、同年一二月以降六万五〇〇〇円の固定給のほか新規契約者の獲得等に対する報償金として事故前三ケ月平均一万一〇八三円(その額にすくなからぬ変動がある)を得ていたこと、事故時から昭和四五年六月末までの間殆ど右業務に就かず、賃金等を受けていないことが認められる。

右事実からすれば、原告は事故にあわなければ、右業務に従事し、月額七万円を下らない所得を得たものとみることができ、事故による受傷の結果休業を要する期間は前記四の事実に鑑み、三ケ月半とみるのが相当である。

(四)  慰藉料 一二万円

前記四の傷害の部位程度、治療経過等に鑑み、原告の事故発生に関する過失を考慮しない場合慰藉料として右金額を相当とする。(本件のような骨折にあつては、通院実日数を重視して慰藉料を算定するのは適切でない。)

(五)  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本件賠償請求につき弁護士白井正明に委任し、同弁護士に対し報酬等として請求金額の一割の支払を約したことが認められるところ、本件訴訟に至る経緯、本訴認容額等を考慮して、うち二万七〇〇〇円を事故と相当因果関係のある損害ということができる。

六  結論

以上損害のうち、五(一)~(四)の合計三七万九三五〇円については過失相殺により被告らの負担すべき分は二七万円とするのが相当であり、これに同(五)の分を加えると、二九万七〇〇〇円となる。

してみると、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し損害賠償として二九万七〇〇〇円及びこれに対する事故の日以降である昭和四六年四月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は失当である。

そして、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨)

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